暖かい冬の日に思う
新しい年が明けて無事にお正月を迎え、家族でお節を囲み、ユニクロの初売りに一人で出かけ、年賀状がぽつりぽつりと届いて、もう一年行けずにいる教会に献金を振り込んで、柚子果汁を絞って冷凍などしているうちに、あっという間に二週間が経ってしまった。
のんびり、のんびり、過ごしている。
特に何もしていない、みたいな毎日。
しなければならないこと、やりたいことはいくつかある。
見て見ぬふりの部屋の片づけとか、山となっている積本を読むとか、映画鑑賞とか、やはりお茶のお稽古への憧れとか、投資の勉強とか、カフェでまったりとか、美術館とか。
でも、どうしたわけか、何も手につかなくて。
年明けに緊急事態宣言が首都圏に発出され、わたしの地元は入っていないけれど、首都圏に連動してそれなりにコロナ感染者数は増えており、やはり外に出かけることは今のところ憚られる状況。
そんなコロナ禍の影響もあるのだろうけれど、遡ってみると、昨年五月の心臓手術以降、身動きが取れなくなってしまっているような気がする。
あの手術で、新しい人生がまた始まったのか。
それとも、術前の人生の続きが戻ってきただけなのか。
どのみち、もう外で働くことはできそうもなくて、もしかしたらできるのかもしれないけど、正直、もう外で働く気持ちがすっかり失せてしまっていて、結局わたしは、これからこの家の中で人生のほとんどを過ごしていくことになりそうだ、ということに、なんとなく、それでいいの?、と誰かに言われているような気もして。
落ち込んでいるわけでも、悲観しているわけでもなくて、むしろ毎日穏やかな日々を過ごしているのだけれど、でも。
もやもやした、何か。
何も手につかない、何か。
何かが、繭のようにわたしを包んで身動きできなくさせている。
17年前の冬、地元から遠く離れた海沿いの町に行って、心臓手術を受けた。
もう限界で、たくさんの薬を飲んでいた。
当時「神の手」と言われていた外科医に執刀してもらった。
遠方だったため、術後十日ほどすると付き添いの家人も帰途につき、ひとりで療養生活を送ることになった。
病室からは、海の向こうに富士山が見えた。
毎日、来る日も来る日も、輝くような海と富士山とを眺めていた。
重苦しかった胸は、術後からなんとなく軽くなったようで、何かが変わったことが感じられた。
その後の回復はめざましかった。
そしてわたしは、初めて社会に出たのだった。
あの手術は、まさに新しい人生の幕開けだった。
しかし今度の手術はどうだろうか?
それはもう再びの幕開けではなくて、ゆっくりと穏やかに下り坂を歩いていくための猶予をもらった、そんな気がして。
もしかしたら、余生が始まったのかもしれない。
別に今から大事を働くわけではないから、ただ淡々とゆるやかに毎日を過ごせればそれでよいのだけれど。
でも、もうちょっと「きちんと」毎日を過ごしたい、と思う。
そうするための体力は、幸いにもまた与えられたのだから。
放っておくと流されるままの「怠惰」に罪悪感を覚えないくらいには、わたしはきちんと生きてみたいのだ。
わたしを閉じ込める繭を打ち破って、一歩前に歩き出したいのだ。
今日も菓子と薄茶を一服し、夕暮れを眺めながらぼんやりとそんなことを考えていた。