秋の風は金木犀の匂いがした
今日は一日、よい天気だった。
本当は旅先にいるはずだったわたしは、やはりいつもと変わらぬ屋根の下で目をさまし、遅い朝食の前にレルベア200エリプタを吸入すると、コンコンと空咳をした。
二週間前にひいた風邪が、まだ治らない。
軽いのどの痛みをやりすごせばすぐに治ると思っていたのに、それから咳、微熱、鼻水、咳、微熱、と一向に治る気配がなく、今日も夕方に微熱を計測した。
一昨日、旅行の予定を断念して、うつろな目で窓の外の晴れ渡る秋の空をながめる。
旅に出ていたはずのわたしは、今頃あの街並みを散策していたのだろうが、現実のわたしは居間でクッション二つを枕に横たわり、ぼんやりしている。
少し開けた南側の窓から、季節外れの蝉の声が聞こえ、レースのカーテンをふわりと揺らして部屋に吹き込んだ風は、金木犀の匂いがした。
秋の訪れ。
ただ、時間だけが忍び足で過ぎてゆく。
食後に少し痛くなる脇腹をさすりながら、とんぷくの薬を2錠投入するが、あまり効き目がよくない。
体調がうまくコントロールできない。
この二年で、すっかり体力が落ちてしまったようだ。
こうして少しずつ弱っていくのか、それともなにがしかの努力で踏みとどまらなければならないのか。
規則正しい生活をして、リハビリをして。
正解はわかっている。
でも、それができるかどうかはまた別問題なのであって。
何をしたらいいのかわからない。
どうしたらいいのかわからない。
うたた寝しても何ひとつ解決しない、何か。
観に行きたい映画が二本。
読みたい本が何冊か。
旅行に行きたいそわそわとした気分がひとかけら。
時折の日曜日に、一口の食パンの切れ端とブドウ液にありつければ、それで満足なほどの小さな希望。
大きなことは望んでいない。
でも、小さなことですら危うげな体調。
お茶を点てる気分でもなく、元気もなく、お茶のお稽古も自信がない。
わたしはどこへ向かっているのだろうか。
…などと考えることがあるような、ないような、曖昧模糊とした世界の中で、自分を見失わないように時々原点を振り返ってみる。
自分は自分のままでよい。
そう思い直して、しっかりとご飯を食べる。
気がつけば、咳がおさまってきたようだ。
吸入薬、すごい。
昨日も、今日も、明日も。
生きている限り、生きる。
淡々と暮らしてゆけばよい。