うたたねモード

セミリタイア?っぽく生きてみる。

美容室という空間がもたらすもの

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夕食後、うたたねすることもなくぼんやりとテレビを見ていた。

この時間、いつものようにチャンネルはNHK。

ニュースWatch9、ドラマ「デイジー・ラック」が終わり、次に映ったのは「ドキュメント72時間」。

 

www4.nhk.or.jp

 

毎週見ているわけではないが、時々タイミングが合うと必ずと言ってもいいほど何気なく目を留めてしまう、大好きなドキュメンタリー番組だ。

 

今夜の舞台は「旅する美容室」、出張美容サービスに密着していた。

 
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美容師さんが出向いたのは、介護付き老人ホーム。

ホームの一角がこじんまりとした美容室に設えられると、外出できない高齢者が髪を整えるために次々と訪れる。

白髪、薄毛、老いをまとった高齢者たちは、ヘアカットやカラーリングでみるみるうちにきれいに整えられ、さっぱりとした笑顔を浮かべてゆく。

鏡越しに美容師さんと向き合い、過去の誇りを語り、亡くした妻や夫を語り、憂いを語り、楽しみを語り、ひととき、おしゃべりを楽しんで。

ただ髪を整えるだけで、いくつか若返ったように輝きを取り戻して。

 

またあくる日は、とあるご自宅へ。

脳梗塞を患い外出できなくなった母のために、娘さんが出張サービスを依頼。

元気な時は会社経営者としてバリバリに働いていたというご婦人。

月に2回は美容室に通っていたおしゃれさんだったが、病気をしてから、うまくしゃべれないこと、人と同じように動けないことに落ち込み、人に会うのがいやになったという。

「今日もいい一日だった、と思ってほしい。生きていればいいことがあるという希望を持ってほしい」と出張美容サービスを依頼した娘さんの思いは、母に届いただろうか。

ヘアカットと白髪染めを施してきれいにセットされたご婦人は、車いすの上でしっかりと鏡を見据え、いくぶん目の輝きを取り戻したように見えた。

 

美容師のお兄さんお姉さんは、控えめに、だがどこまでも優しく寄り添っていた。

 

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わたしも、2ヶ月に一度はなじみの美容室へ足をはこぶ。

オーダーは、カット、カラー、時々パーマ。

美容師のお兄さんとは、もう20年近い付き合いになる。

イケメンだが一見ツンツン系のお兄さんとは、最初は怖くてしゃべれなかった。

当時まだ若かったわたしは、美容師さんとおしゃべりする話題もなく、しゃべりかけられることも苦手で、できれば黙したままでいさせてほしい、髪だけ切ってくれればいいから、と願っていた。

ところが今はどうだ。

お兄さんと他愛ないおしゃべりを楽しむまでになった。

いつ頃からだろう。

わたしにとって美容室が、何かをもたらしてくれる特別な空間になったのは。

 

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ずっとロングだった髪をバッサリと切ってショートカットにしたのは、心臓の手術をするため入院することになった時だった。

術後、洗髪が楽にできるように、濡れた髪を早く乾かせるように。

また乾かせば手ぐしで素早く整えられるようにゆるいパーマもかけてもらった。

おかげで術後もパパっと洗髪し手早く髪を整えると、四人部屋の病室には十分すぎるくらいの少し「よそゆき」な顔つきになって満足だったし、看護師さんには「その髪型、いい感じですね」と言われてうれしかったことを覚えている。

以来、お兄さんの腕前には絶大な信頼を寄せることになった。

お兄さんはわたしのカリスマ美容師なのだ。

 

それからまたロング時代を迎えるが、前職で疲れ果てやつれ果てたある日の朝、鏡に映った自分の顔を見てロングの限界を感じた。

退職してすぐ、またバッサリとショートカットにした。

一定の年齢になると、ショートカットにする女性が多くなる気がする。

その理由の一端を、詳述はしないが、わたしも身をもって知った。

やつれ果てたわたしの髪をバッサリと切ってくれたお兄さんは、仕上げの合わせ鏡を後頭部からかざして、ニコリと笑顔をたたえていた。

わたしよりちょっとだけ年上のお兄さんの笑顔はいつしか大人の渋みを増し加え、すっかりナイスミドルになっている。そして相変わらずイケメン。

仕上がったショートカットをチェックすると、わたしも微笑みながらうなずく。

たぶんわたしの顔は、80ワットくらい明るくなっているはず。

 

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ショートカットを維持するのは結構たいへん。

髪は伸びる。カラーの根元も伸びる。もっさりする。ペッタリする。

そんな髪をくるくるドライヤーでブローしながら、日々格闘する。

そして二ヶ月くらいのタームで、耐えきれなくなって美容室へ向かう。

 

 「72時間」で見た高齢者やご婦人のように、わたしもあまり外に出られないから。

だからこそ、髪を切って、カラーを入れて、パーマをかけて、さっぱりとしていたい。

変わりばえのない没交渉気味な日々の暮らしの中で、なんとなくくたびれた自分にちょっとだけでも明かりを灯したい。

また明日から進む道を、元気に歩いていけるように。

美容室という空間は、そんなパワーをもたらしてくれるように思う。

 

暗くなった電球を取り換えるように。

窓を開けて部屋の空気を入れかえるように。

ベッドリネンを洗濯するように。

歯を磨くように。

朝起きたらコップに一杯の水を飲むように。

 

リセットボタンを押すように。

リフレッシュする。

 

時々、美容室で、わたしを新しくするために。

 

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もうそろそろ、美容室に行きたくなる頃合い。

次はどんなショート具合にしようか、思いをめぐらせている。

それと、少し前に知ったのだが、お兄さんは株をする人だった。

思わず食いついてしまったら、かつてないくらい話が盛り上がった。

実は、そんなおしゃべりも楽しみにしている。(笑)

美容室でのおしゃべりを楽しめるようになったこと、それ自体なんだかオトナの仲間入りができたような気がして、またうれしいのだ。

 

余談まで。