【映画】『硫黄島からの手紙』を観ました
HDDに眠っていた映画鑑賞シリーズ、です。
今回は、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』。
米国側からの視点である『父親たちの星条旗』と対をなす、日本側からの視点で硫黄島の戦いを描きます。
過去記事『父親たちの星条旗』はこちら。
予告編はこちら。
先の大戦から戦後76年を経て、あの戦争は何だったのかと思う。
あの戦争はもはや遠い過去になってしまい、広島原爆の日のニュースもオリンピックにかき消されるように過ぎ去った。
本当にあの戦争はあったのだろうか、と思ってしまうほどに少しの感傷さえもなく。
だが、確かにあの戦争はあって、あの戦いで死んでいった人たちがいるのだ。
私事になるが、大正生まれのわたしの祖父はとても快活な人だった。
その祖父も、昭和19年に20代前半で召集され朝鮮半島に赴いたが、演習を終えて日本に一時帰国し転戦待機中に終戦を迎え、命長らえたという。
祖父は戦後、戦争の話は一切しなかった。わたしから聞いたこともない。
ただ、親しい人と酒を酌み交わしほろ酔いで気分がよくなると、必ず東京音頭と軍歌「同期の桜」を高らかに歌い、万歳三唱するのだった。
晩年、交通事故に遭った祖父は頭部外傷を負い、その後遺症もあって認知症の症状を呈するようになり、幻覚と徘徊がひどくなった。
そんな恍惚の人となった祖父の目の前に現れたのは、「天皇陛下」だった。
わたしがピアノを弾いていると、「うるさい! 静かにしろ! 今、天皇陛下が来てるんだ!」と言って、直立不動で虚空に向かって敬礼する祖父の姿が忘れられない。
陛下は、しばしば祖父の前に現れていたようだった。
70代半ばになって、今を失い夢に彷徨う祖父は、あの時の陛下とともに生きていた。
硫黄島で、そして各所でお国のために戦っていた兵士たちは、何を思っていたのだろう。
彼らの死に、どんな意味を見出したらよいのだろう。
1975年、戦争責任について問われた昭和天皇は、次のように述べたという。
「戦争責任というような言葉のアヤについては、私は文学方面についてはきちんと研究していないので、答えかねます」。
この人の名の下に戦い、散っていった幾千万の兵が、これを聞いてどう思うだろうか。
戦後統治のために維持された国体、天皇制であったのかもしれないが、この人が戦争責任を負わなかったことは、最大の過ち以外のなにものでもない気がする。
戦争は虚しい。
誰一人、戦争でなんて死んでほしくはない。死ぬべきではない。
(米国側から見た)敵国日本人も、家族を想って国を想って戦っていたのだ、という映画。
『硫黄島からの手紙』"Letters from Iwo Jima"
2006年/アメリカ
監督:クリンド・イーストウッド
キャスト:渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童、裕木奈江、ほか
おすすめ:★★★